大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 平成2年(行ウ)9号 判決

静岡県浜北市中条二四三番地の一

原告

株式会社髙柳喜一商店

右代表者代表取締役

髙栁喜一

右訴訟代理人弁護士

大口善徳

西尾和広

福田哲夫

静岡県浜松市砂山町二一六番地六

被告

浜松東税務署長 中根眞治

右指定代理人

武田みどり

寺島進一

佐野武人

田村利郎

三輪峻治

大沢明広

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して平成二年八月二二日付けでした酒類販売業免許拒否処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件処分の存在

原告は、綿布の販売等を目的とする株式会社であるが、平成元年一〇月二日、酒税法九条一項に基づき被告に対して、販売場の所在地を静岡県浜北市中条五二二番一、販売場の名称を株式会社髙栁喜一商店、販売酒類の種類を全酒類、販売の方法を小売業とする酒類販売業の免許申請(以下「本件申請」という。)をしたところ、被告は平成二年八月二二日付けで原告に対し、本件申請が酒税法一〇条一〇号後段の規定に該当することを理由として免許拒否処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  本件処分の違法事由一(酒税法九条一項、一〇条の違憲性)

酒類販売業を行うにつき所轄税務署長による免許を受けることを必要とし、かつ、その要件を定めた酒税法九条一項及び一〇条の各規定は、以下のとおり、憲法二二条一項の職業選択の自由の保障の違反し無効であるから、右各規定に基づく本件処分も、違憲違法である。

(一) 職業選択の自由の制約と司法審査基準

酒税法九条一項及び一〇条に規定された酒類販売業免許制度は、単に職業活動の内容又は態様に対する規制にとどまらず、狭義における職業選択の自由、すなわち職業の開始、継続、廃止における自由そのものを直接制約する最も徹底した規制である。したがって、この規制が憲法二二条一項との関係で合憲と認められるためには強い合理的根拠が存在しなければならず、具体的には、規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること、目的と規制手段との間に合理的関連性が存在すること、規制によって失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立すること、という三要件がすべて満たされることが必要である。

(二) 規制目的における正当性の欠如

酒類販売業免許制度は、以下のとおり憲法二二条一項の保障する職業選択の自由を規制する正当な目的を有しない。

(1) そもそも、酒類販売業免許制度は、昭和一三年に酒類に対して従前の造石税とは別に、いわゆる庫出税方式による物品税の課税を行って実質的な増税を図ろうとした際、酒造業界から強い反対を受けたので、同業界が従前から要求していた酒類販売業免許制度を併せて導入することにより、その反対の矛先をかわし、酒造業者を懐柔することを真の目的として採用されたものである。したがって、酒類販売業免許制度は、憲法二二条一項によって保障された職業選択の自由を正当な理由とは到底なり得ないものである。

(2) 仮に、酒類販売業免許制度が、酒類販売業の経営の安定及び酒類の需給の均衡維持を通じて、酒税の保全を図ることにその目的があるとしても、そのことから、酒類販売業免許制度の正当性を基礎付けることはできない。

すなわち、第一に、租税収入の確保を目的とした許可制を認めることは、職業選択の自由の保障の趣旨に反し、憲法が基礎とする自由経済と福祉国家の原理とは全く相容れないばかりか、すべての職業を国家の許可制の下におくことを許容することにつながって、国民の経済活動の自由が根本から覆えされ、ひいては憲法二二条一項の保障が全く空文化されることになるものであるから、右のような租税政策によって、狭義の職業選択の自由を制限することはできないというべきである。

第二に、後述のとおり、酒税法は、酒税を保全し、その確実な徴収を図るために、多くの法的手段を講じているところであり、これに加えて、酒類販売業者に免許制を採用している直接的な理由は、酒類販売業者の濫立を防止することによって酒税の滞納を予防しようとする消極的・予備的なものに過ぎず、国の責務としての積極的な社会経済的政策の実施とは到底考えられないのであって、このような消極的な性格の目的から、狭義の職業の選択そのものを直接制約する最も徹底した規制である酒類販売業免許制度の正当性を基礎付けることはできないのである。

(3) なお、酒税の国税収入中に占める割合は、昭和九年から昭和一一年までは一七・六パーセントであったが、漸次低減し、昭和六二年度決算では四・四パーセントに過ぎず、それ自体同年度決算で租税収入に占める割合が三・五パーセントである揮発油税と大差なくなっているうえ、税率の高さに関していえば、揮発油税の税負担立は三八・四パーセントであって、酒税の平成元年三月以前の全酒類合計の税負担率三二・〇パーセントより高率であるにもかかわらず、揮発油税の納税義務者である製造者と担税者である消費者とを結ぶ役割を担っているガソリンスタンドに関しては、揮発油税保全を目的とする免許制度が採用されていない。したがって、今日においては、酒税が高率・高額で、これに係る税収が国の重要な財源をなしているというような理由で、酒類販売業免許制度を合理化することができないことも明らかである。

(4) 以上のとおり、酒類販売業免許制度は、その目的自体が職業選択の自由を規制するための正当制を持ち合わせていないばかりか、現在においては、その目的の果たす役割自体が軽微なものになってしまっており、右制度を維持する正当な理由が存在するものとは到底認められない。

(三) 目的と規制手段との合理的関連性の不存在

仮に、酒税の保全という目的が職業選択の自由を規制する正当な目的たり得るとしても、前述のとおり、それは、国民経済の円満な発展や経済的弱者の保護等の経済政策ないし社会政策上のいわゆる積極的目的に該当するものではなく、社会生活の安全の保障や自由の職業活動が社会にもたらす弊害の防止等のいわゆる消極的目的の範疇に含まれるものである。したがって、そのような目的による規制が合憲であると認められるためには、手段、態様においてより緩やかな制限によっては規制の目的を十分に達成することができないと認められることができないと認められることが必要であるところ、以下のとおり、酒類販売業免許制度は、その規制の手段、態様において著しく合理性を欠くことが明白であって、右の目的達成のために必要な合理的手段であるとは、到底認められない。

(1) 酒税の納税際者は、酒類の製造者(以下「酒類製造者」という。)であって、酒類販売業者ではない。したがって、酒税の保全という目的のためには、せいぜい酒類製造者を免許制度の対象とすることで足りることが明らかである。

また、酒類製造者も一個の企業であるから、自己の製造、引取をした酒類を販売するに当たっては、その取引の相手方の資力、信用等の有無について一般の企業が払うと同様な注意を当然に払う筈であって、それ以上に酒類製造者を政府が後見的に保護しなければ、酒税収入の安定を害するという事情は見当たらない。

(2) 酒税法並びにこれに基づく命令及び酒税法基本通達は、納税義務者からの酒税徴収を安定して確保するために、二重、三重にわたる万全の方策を講じている。

すなわち、酒税法は、酒類製造者に対して、申告書提出義務(三〇条の二、三〇条の三)、帳簿記載義務(四六条)、申告義務(四七条)、検査・検定受認義務(四九条)、承認を受ける義務(五〇条)、届出義務(五〇条の二)、酒税証紙貼付義務(五一条)、質問・検査受認義務(五三条)を課し、その懈怠に対しては刑事罰を規定するほか、国税庁長官、国税局長又は税務署長は酒税保全のため必要があると認められたときには、酒類製造者に対して酒税につき担保の提供又は担保の提供に代わる酒類の保存を命ずることができる旨を規定しており(三一条)、同法施行令及び酒税法基本通達は担保提供の細部について定める。

しかも、酒税は極めて短期間の納期限が定められており、酒類製造者の資産、信用等の変化による影響を受けないように配慮されている。

これに加えて、酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律によっても、行政庁に、酒税の滞納予防のため、酒類製造者及び酒類販売業者に対する強力な権限が与えられている。

これらの万全の方策に加えて、納税義務者でない酒類販売業者まで免許制の下におくことは無用の措置というべきであって、目的達成のために必要な合理性を著しく欠くことが明白である。

(3) 昭和六二年度決算での酒税収入額合計一兆九七四七億八七〇〇万円のうち、ビールに係るものが一兆二九七三億二七〇〇万円、ウイスキーに係るものが三三〇四億八〇〇〇万円、清酒に係るものが二七五八億九九〇〇万円であって、この三種の酒類によっても酒税全体の九六・四パーセントを占めているところ、ビールは大手四社、ウイスキーは大手三社の製造する製品がほぼ市場を独占しており、清酒も大手会社だけでその大半が製造されているのであるから、結局、ビール、ウイスキーの大手数社だけで酒税全体の八〇パーセント近くを納め、他の酒類の大手会社数十社の納付する税額を加えれば、実に九〇パーセント以上の酒税がこれら大手会社によって確実に納付されているのが現状である。この実情に照らしても酒類販売業免許制度を維持する合理的根拠が存しないことは明らかである。

(四) 比較考量

職業選択の自由に対する規制が合憲であると認められるためには、さらに、規制によって得られる利益と、これによって制限される職業選択の自由の性質、内容及び制限の程度を比較考慮して、なお均衡が成立することが必要であるところ、酒類販売業免許制度が、右の均衡を著しく失することは以下のとおり明白である。

(1) 酒税法は、納税義務者である酒類製造者からの酒税の徴収を確保するため、前記のとおり万全の措置を講じているうえ、さらに酒類販売業者に対しても、酒類製造者に課しているのと同様の帳簿記載義務(四六条)、申告義務(四七条)、承認を受ける義務(五〇条)、届出義務(五〇条の二)、質問・検査受忍義務(五三条)等を課し、その懈怠に対しては刑事罰を規定しているのである。さらに、課税庁には、酒税の保全及び酒類業組合に関する法律により、滞納防止のための強力な権限が与えられている。

酒税の保全を目的とするのであれば、右のような営業活動の内容、態様に対する規制手段によってこれを達成することが充分可能であり、これらの方策に加えて、さらに免許制によって酒類販売業者に対する規制を行ったとしても、それによって国家に付与される利益は極めて僅少なものに過ぎない。

(2) さらに、前述のとおり酒類販売業免許制度の直接的な目的は、酒類販売業者の濫立を防止することによって酒類製造者による酒税滞納を予防しようとする消極的・予備的なものであるのに対し、これによる規制は、狭義の職業選択の自由そのものを直接制約する最も徹底したものであり、この制度の下で免許拒否処分を受けた申請者は、希望する酒類販売業の開業自体が完全に抑制され、その職業選択の自由は全面的に剥奪されるのであって、その不利益の程度は極めて著しい。

(3) また、酒類販売業免許制度を維持して確保しようとする酒税の国税収入中に占める割合は、昭和六三年度租税収入予算で四・五パーセント、平成元年度で三・五パーセントに過ぎず、現行酒税法による酒類販売業免許制度が採用された昭和二八年当時から比べると、著しく低下しており、特に一般消費税が導入された現在、酒税は将来一般消費税に統一されるべきものとすら考えられているのである。

(4) 加えて、酒税法一〇条一〇号及び一一号の規定する免許拒否事由は、その抽象的な表現によって税務署長の広範な裁量的運用を許す基となっているところ、既存業者からの圧力もあって、税務署長の裁量は新規の免許を与えない方向に恣意的に運用されており、その結果、酒類販売業免許制度は、既存業者の利益を守るため、価格体系を乱す業者を排斥して、酒類の価格統制を維持、消費者の負担において酒類販売業者の既得権を確保する手段として機能しているのが実態である。

(五) 右のとおり、酒類販売業免許制度は、狭義の職業選択の自由そのものを直接制約する規制として、これが合憲と認められるために必要な右(一)の三要件をいずれも満たさないものであるから、その違憲性は明らかである。

3  本件処分の違法事由二(酒税法一〇条非該当)

仮に、酒税法九条一項、一〇条が合憲であるとしても、本件申請は同条一〇号後段の拒否事由に該当しないから、本件処分は違法である。

よって、原告は、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2及び3の主張は争う。

三  被告の主張及び抗弁

1  酒税法九条一項、一〇条の合憲性

(一) 職業選択の自由とその制約

憲法二二条一項の職業選択の自由は、すべての人権に内在するいわゆる内在的制約のほか、社会国家的立場に基づいて、積極的な社会政策ないし経済政策上の目的のために経済的自由に加えられるいわゆる政策的制約をも受けるものと解される。そして職業選択の自由に対するこのような政策上の積極的な目的のための規制の措置(積極的目的の制限)について、裁判所の行う合憲性判断の基準は、規制の目的に一応の合理性が認められ、規制の手段、態様において著しく不合理でなければ足りるものと解される。

(二) 酒類販売業免許制度の合憲性

(1) 酒類販売業免許制度は、それが導入された昭和一三年以前に、酒類販売者の濫立からその経営悪化や倒産等の事態が生じて酒類製造者の貸倒れや廃業が多発し、酒税の滞納が非常に多額に上がったことから、このような事態を避けるために導入された制度である。そして、右立法経緯に加え、酒税法が、同法一〇条各号に該当するときには税務署長は免許を与えないことができる旨を規定し、かつ、酒税保全のため、免許を与える場合に条件を付し、あるいは免許を取り消すことができる旨規定している(同法一一条、一四条)ことなどに照らせば、酒類販売業免許制度の基本目的が酒類販売業者の経営の安定及び酒類の需給の均衡維持を通じて酒税の保全を図ることになることは明らかである。

また酒類販売業免許制度は、庫出税方式を採用する酒税において、納税義務者である酒類製造者と担税者である消費者との中間に位置して酒類製造者から消費者への税負担の転嫁を仲介する酒類販売業の経営の安定を図ることにより、酒類販売業者から酒類製造者への酒類代金の支払いを円滑にし、もって酒類製造者がその納付した酒税相当額を消費者から回収することを容易ならしめようとするものであって、これによって間接消費税である酒税の徴収制度が有効に機能することになる。さらに、この免許制度は、酒税の逋脱に荷担する危険性の高い人物が酒類の販売に関与したり、そのような販売場が設置されたりするのを防止し、酒類の販売体制を健全化しようとするものであり、酒税の逋脱防止をも目的としている。

右のとおり、酒類販売業免許制度は、酒類販売業者の経営の安定及び酒類の需給の均衡維持を通じて酒税の保全を図るものであって、職業選択の自由に対し、国の財政政策上の目的のため加えられる積極的目的の規制に属するものであるから、酒類販売業免許制度は、その規制の目的に一応の合理性が認められ、規制の手段、態様が著しく不合理であることが明白でない限り、合憲と判断されるべきものである。

(2) 酒類販売業免許制度の目的は右のとおり酒税の保全にあるところ、租税収入の確保を図ることが公共の福祉に合致することは明らかであるから、右制度目的が規制の目的として十分な合理性を有していることは明らかである。

(3) そして、酒類販売業を免許に係らしめるという規制の手段、態様は、次のとおり、十分な合理性と必要性とがあるものである。

すなわち、酒税は、国家財政上重要な地位を占め、その税率が極めて高いので、庫出税方式による課税の結果、納税義務者とされた酒類製造者が負担しなければならない納税額も高額となる。そのため酒税法は、その税負担の転嫁が円滑に行われるよう酒税販売業者にも免許制度を採用したものであり、庫出税方式による課税と酒類販売業免許制度とがあいまって、高率な酒税の安定的かつ効率的な確保のため有効に機能しているものである。

また、酒税は、国家財政上重要な地位を占めているので、その逋脱が行われた場合の国家の損失額も大きいと考えられるが、酒類は簿外の製品を生み出すのが比較的容易な物品であって、酒類製造者の酒税の逋脱に荷担する酒類販売業者があれば、逋脱は容易に行われ、かつ、それを探知することは困難である。そのため酒税法は、酒類販売業者に対しても免許制を採用して記帳義務を課し、逋脱事犯の発生を防止しようとしているのである。

さらに、酒類販売業免許制度は、同制度を通じて、致酔飲料としての酒類の販売秩序を保ち、社会秩序の維持、国民保健衛生の確保に寄与するなどの社会的効果も大きく、また、酒税徴収のための行政事務量を軽減する効果をも有している。

そして、免許制度の運用については、酒税法一〇条が、免許の拒否の権限を有する税務署長の恣意的判断を排除して免許処分の公正が期せられるよう、免許を与えないことができる場合の消極的要件を制限列挙して、免許制度の基本的目的に反しない限り免許を与えることを原則としており、しかも、この税務署長の認定判断権も法規裁量と解され、免許を拒否された申請者の法的救済手段に欠けることはなく最近五年間でも新規に一万六〇〇〇件の一般酒類小売業の新規免許が付与されており、公正な運用が行われている。

なお、原告は、酒税の大半は極く一部の大手会社たる酒類製造者によって確実に納付されているから、酒類販売業免許制度を維持する必要がない旨主張するが、いかに大企業とはいえ販売代金の回収確保が円滑になされなければ、売上高の約五〇パーセントを占める税負担のための資金を容易に調達できるものとは考え難く、販売代金の回収が安定して円滑になされることは不可欠であって、酒類販売業免許制度が果たしている役割は大きいといわねばならない。また、原告は、酒税法に定められた酒類製造者の免許制度及び記帳義務などの規制によって、酒税保全々主張するところはいずれも失当である。

(4) 以上のとおり、酒類販売業免許制度は、その規制目的において合理性が認められ、規制の手段、態様においてもそれが著しく不合理であることが明白であるとはいえないから、それが合憲であることは明らかである。

なお、原告は、酒類販売業免許制度の目的が職業選択の自由に対する内在的制約に基づくいわゆる消極的目的である旨主張するところ、仮にそうであるとしても、右の規制目的には合理性が認められ、かつ、酒税の保全上、酒類販売業免許制度以外のより緩やかな規制手段ではその目的を十分達成することが困難であることは、前記の諸事実に照らして明らかであるから、原告の右主張を前提にしても、同酒類販売業免許制度の合憲性は明らかである。

2  本件申請の酒税法一〇条一〇号後段該当性

酒税法一〇条一〇号後段は、申請者の「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」を酒類販売業の免許拒否事由としているところ、以下に述べるとおり、原告は本件処分当時、右規定に該当するものであった。

(一) 酒税法一〇条一〇号後段の意義について

酒税法に基づく免許事務について、税務署長の裁量判断における恣意を排除するとともに、事務処理を統一的、合理的かつ円滑に行うための内部的裁量基準として、昭和五三年六月一七日付け間酒一-二五国税庁長官通達「酒税法基本通達の全部改正について」の別冊「酒税法基本通達」(以下「基本通達」という。)及び平成元年六月一〇日付け間酒三-二九五国税庁長官通達「酒類の販売免許等の取扱いについて」の別冊「酒類販売業免許制度取扱要領」(以下「免許取扱要領」という。)が制定されており、酒税法一〇条各号所定の免許拒否事由に該当するか否かについても右各通達の示す基準によって解釈することが相当である。

そして、基本通達一〇条5は、「法第一〇条第一〇号に規定する『経営の基礎が薄弱であると認められる場合』とは、事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製品又は販売設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合をいう。」と規定し、また、免許取扱要領第3の1の(1)のロの(イ)は、全酒類小売業に係る酒類販売業免許の申請についての申請者の人的要件について、「申請者は、経験その他から判断し、適正に酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有すると認められる者又はこれらの者が主体となって組織する法人であること」としたうえで、その注書に「申請者(申請者が法人の場合はその役員)及び申請販売場の支配人がおおむね次に掲げる経歴を有する者であって、酒類に関する知識及び記帳能力等、酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有し、独立して営業ができるものと認められる場合は、原則として本規定を満たすものとして取り扱う。1 免許を受けている酒類の製造業若しくは販売業の業務に直接従事した期間が引き続き三年以上である者、調味食品等の販売業を三年以上継続して経営している者又はこれらの業務に従事した期間が相互に通算して三年以上である者、2 酒類業団体の役職員として担当期間継続して勤務した者又は酒類の製造業若しくは販売業の経営者として直接業務に従事した者等で酒類に関する事業及び酒類業界の実情に十分精通していると認められる者」と規定している(以下、右1又は2の経歴の要件を「経歴要件」という。)

(二) 原告に係る人的要素について

原告は、昭和六〇年九月四日に設立され、当初は、代表取締役に髙栁喜一(以下「髙栁)という。)が、取締役に髙栁作一、髙栁武美、髙栁孝一及び髙栁廣行が、監査役に都築美子が就任していたが、平成元年八月に、その事業目的に酒類の販売等を追加する旨の定款変更を行うとともに、森田耕二(以下「森田」という。)が取締役に就任した。

(1) 代表取締役髙栁について

髙栁は、個人で綿布販売などの事業を営んでいたところ、昭和六〇年九月四日、いわゆる法人成りによって綿布の販売等を事業目的とする原告を設立したものであるが、経歴要件に該当する経歴を全く有していない。

のみならず、髙栁は、個人で事業を営んでいた昭和五八年一一月に、浜松税務署長による所得税の調査を受け、その結果昭和五三年分ないし昭和五七年分の所得税について、売上除外、架空仕入及び棚卸除外の不正計算を行っていたことを指摘され、右各年分の所得税合計三二一五万二四〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計五八九万一一〇〇円及び過少申告加算税合計六二万五四〇〇円の賦課決定を受けた。髙栁は、その際、同税務署長に対し、「今回の調査を機会に正しい申告に努める」旨の申立書を提出していたにもかかわらず、昭和五九年分の所得税の申告に際しては、領収書等を偽造するなどのさらに悪質な不正経理を行うなどし、昭和六一年五月の浜松税務署長による調査によって、昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税の過少申告を指摘され、右各年分の所得税合計四九一万二三〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計七九万八〇〇〇円及び過少申告加算税合計一一万二〇〇〇円の賦課決定を受けた。

また同人の経営に係る原告も、平成元年二月から三月にかけての浜松税務署長による法人税の調査により、設立時からの各期の事業年度において、架空の人件費を計上して所得金額を過少に申告していた事実が判明したため、各期につき修正申告を行い、法人税合計三五一万一〇〇〇円を追徴されたうえ、重加算税合計一一八万三五〇〇円の賦課決定を受け、さらに、その不正所得の一部を髙栁が個人的に費消していたため、源泉所得税合計一一二万五二〇〇円を追徴された。

このように、髙栁は、経歴要件に該当する経歴を有していないことに照らして適正に酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有する者とは認められないばかりでなく、納税に当たり常習的な不正計算を行っており、納税義務に関して著しく遵法精神に欠けていることが明らかであって、この点からも適正に酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有するものとは認められない。

(2) 取締役森田について

森田は、浜松市内において、森田ストアの屋号で青果を中心とする一般食品の小売業を個人で二〇年来営んでおり、それに伴って調味食品等の販売を三年以上継続してきた経歴を有する者である。

しかしながら、森田は原告の人的要素(特に経歴要件)を満たすために、形式的に原告の取締役に就任したものに過ぎないのであって、原告の酒類販売業の経営に参画する者とは認められないから、そもそも原告の人的要素を判断する際の対象とはなし得ない者である。

のみならず、森田の営んでいる食料品小売業における調味食品の取扱量は僅少であるうえ、右小売業自体の経営状態は芳しくなく、その帳簿書類等の記帳状況も良くないのであるから、その実質をみると適正に酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有する者とは認めることができない。

(3) その他の役員について

取締役髙栁作一、同髙栁武美、同髙栁孝一及び同髙栁廣行、監査役都築美子は、いずれも経歴要件に該当する経歴を全く有しておらず、適正に酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有する者とは認めることができない。

(三) 以上述べたとおり、原告を組織する取締役又は監査役のいずれの者も、適正に酒類の小売業を経営するに必要と認められる知識及び能力に欠けているのであるから、原告はその人的要素にそうとうの欠陥がある。したがって、原告の事業の経営が確実とは認められないので、本件申請が酒税法一〇条一〇号の免許拒否事由に該当するものであることは明らかである。

四  被告の主張及び抗弁に対する原告及び反論

1  被告の主張及び抗弁1は争う。

2(一)  同2の(一)のうち基本通達及び免許取要領が制定されていて、主張の規定が存在することは認める。その余の主張は争う。

酒類販売業免許制度が違憲でないとしても、憲法二二条一項の職業選択の事由の保障の規定に照らし、酒税法一〇条に定める免許拒否要件は緩和して解釈運用すべきであり、そのような観点からすると同条一〇号後段に定める「その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」とは、同号前段の「破産者で復権を得ていない場合」に匹敵するような、経営の維持が不可能と認められる場合に限定されるべきである。

また、酒税法一〇条は、酒類販売業免許の申請者の経歴の要件としていないのであるから、経歴要件を必要とする免許取扱要領に基づく被告の取扱いは、酒税法の要件を加重するものであって無効である。

(二)  同(二)の柱書は認める。

(1) 同(1)のうち、髙栁が、綿布販売などの個人事業を営んでいたこと、昭和六〇年九月四日、いわゆる法人成りによって綿布の販売等を事業目的とする原告を設立したこと、経歴要件に該当する経歴を全く有していないこと、個人で事業を経営した昭和五八年一一月に浜松税務署長による所得税の調査を受け、昭和五三年分ないし昭和五七年分の所得税合計三二一五万二四〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計五八九万一一〇〇円及び過少申告加算税合計六二万五四〇〇円の賦課決定を受けたこと、昭和六一年五月に浜松税務署長による所得税調査を受けて、昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税合計四九一万二三〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計七九万八〇〇〇円及び過少申告加算税合計一一万二〇〇〇円の賦課決定を受けたこと、原告が平成元年二月から三月にかけて浜松税務署長による法人税の税務調査を受けて、設立時からの各期につき修正申告を行い、法人税合計三五一万一〇〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計一一八万三五〇〇円の賦課決定を受けたこと、原告の所得の一部を髙栁が個人的に費消していたため、源泉所得税合計一一二万円五二〇〇円の追徴処分を受けたことは認め、その他の事実は否認し、主張は争う。

髙栁が経営する原告の営業成績、経営内容からすれば、髙栁が、会社経営について十分な能力を有していることは明らかである。酒類販売業者には、法律上、各種の義務が課され、その懈怠に対しては、刑事罰まで規定されているのであるから、それ以上に抽象的な遵法精神を要求することは相当ではなく、したがって、髙栁が重加算税の賦課決定を受けたことなどの事由は人的要素の欠陥とはなり得ない。

(2) 同(2)のうち、森田が浜松市内において、森田ストアの屋号で青果を中心とする一般食品の小売行を個人で二〇年来営んでおり、それに伴って調味食品等の販売を三年以上継続してきた経歴を有することは認め、その余の主張は争う。

森田は、酒類販売業の経営の中心となるために原告の取締役に就任したもので、決して本件申請の要件を形式上取り繕うために就任したのもではない。

また、被告は、森田が経歴要件を充足する調味食品等の販売経歴を有することを認めながら、調味食品の取扱量が僅少であるとか、経営状態が芳しくないとかいう理由で、森田が適正に酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有さない旨主張するが、仮に免許取扱要領に基づく取扱いが相当であるとしても、免許取扱要領は、その定める経歴要件を充足する経歴を有することをもって、酒類販売業を経営する知識及び能力が備わっているものとしているというべきであるし、そうでなくとも、森田は昭和四二年から二〇年以上にわたって総合食料品店を経営している者で、この事実だけからも森田が酒類販売業を経営する能力を有することは明らかである。

(3) 同(3)のうち、取締役髙栁作一、同髙栁武美、同髙栁孝一及び同髙栁廣行、監査役都築美子がいずれも経歴要件に該当する経歴を全く有していないことは認め、その余の主張は争う。

(三)  同(三)の主張は争う。

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第三証拠

一  本件処分の存在

請求原因の事実は当事者間に争いがない。

二  酒類販売業免許制度と憲法二二条一項

1  憲法二二条一項の職業選択の自由も、公共の福祉による制限を受けるものであることは、同項の規定上明らかであり、公権力による職業選択の自由に対する具体的な規制措置が同項に違反するものであるかどうかについては、規制の目的、規制の具体的内容及びその必要性、これによって制限される職業選択の自由の性質、内容、制限の程度等を比較考量することによって決せられるべきものであるが、狭義の職業選択の自由そのものを制約する強力な制限である許可制について、同項適合性を肯定するには、原則として重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを必要とするものというべきである。

2  ところで、租税は、憲法上、その納税義務者、課税標準、賦課徴収の方法等の具体的内容につき、法律の定めるところに委ねられているが、これらを定めるについては、一方では、国政全体にわたる総合的な政策判断を要するのみならず、他方では、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかであって、このことからすれば、租税法の定立改廃に関しては、立法府の政策的、技術的な裁量判断に委ねるほかはなく、裁判所はその裁量判断を尊重せざるを得ない関係にある。

そうすると、租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国の財政目的のための職業の許可制による規制ついては、右1の必要性及び合理性についての立法府の判断が右の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であるといえない限り、憲法二二条一項に違反するものということはできないものと解する。

3  酒税法は、酒類について間接消費税である酒税を課するとともに、その賦課徴収の方法につき、いわゆる庫出税方式によることとして、酒類製造者を納税義務者と、酒類販売者を介する酒類代金の回収を通じて、税負担を担税者である消費者に転嫁するという仕組みを採用しているところ、これに伴って酒税の確実な徴収と税負担の消費者への円滑な転嫁を目的として、酒類製造者のほか、酒類製造者と消費者との間に介在して右の税負担の転嫁を仲介する酒類販売業者についても免許制を採用したものであると解される。そして、甲第一一号証によれば、酒税の酒類代金中に占める割合は、酒類によって、また年代によって大きく異なるものの、いずれにしても高率のまま終始していること、また、昭和一三年法律第四八号による酒税法の改正により、右のような酒税の賦課徴収の仕組みと免許制とが採用された時期の直前である昭和九年ないし昭和一一年における酒税収入の国税収入全体に占める割合は平均して一七・六パーセントという高率であったことが認められ、これらの事実に照らすと、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという財政目的のため、右のような制度を採用し、納税義務者とされた酒類製造者のため販売代金の回収を確実にさせることによって消費者への酒税の負担の円滑な転嫁を実現する目的で、これを阻害するおそれのある酒類販売者を免許制によって排除することとしたのは、その当時においては重要な公共の利益のために採られた必要性及び合理性のある立法措置であったものと認めることができる。

もっとも、甲第一一号証並びに弁論の全趣旨によれば、その後、国税収入に占める酒税収入の割合は相対的に漸次低下し、本件処分のなされた時から二年前の昭和六三年当時は四・五パーセント前後で推移していたことが認められ、この点のみを取り上げれば、本件処分当時においては、酒類販売業者についてまで免許制を採用することの必要性及び合理性を判断する場合の前提となる条件に、制度の導入当時と比べ著しい変化が生じたといえなくもないが、酒税の賦課徴収に関する前記のような仕組自体には変化がなく、それが合理性を失っているものとはいえないから、酒税の負担を消費者へ円滑に転嫁する要請が減少したわけではないこと、酒税の酒類代金中に占める割合は総体的に高率のままであること等を考慮すれば、右のような条件の変化があったからといって、本件処分当時、酒類販売業免許制度を存置すべきものとしたことが、その必要性及び合理性について立法府に委ねられた前記の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であるとまでいうことはできない。

そうすると、酒類販売業免許制度が、それ自体として憲法二二条一項に違反するとはいえない。

4  職業についての免許制度が憲法二二条一項に反しないというためには、さらに当該免許制度の下における具体的な免許基準との関係においても、その必要性と合理性が認められるものでなければならない。

そこで、酒税法一〇条一〇号についてこれをみるに、同号は、酒類製造者において酒類販売代金の回収に困難を来すおそれがあると考えられる最も典型的な場合を想定して、これに対処したものということができ、右基準は、前記の酒類販売業免許制度の立法目的に合理的なものということができるし、また、右規定が不明確で行政庁の恣意的判断を許すようなものであるとも認め難く、また恣意的運用がおこなわれているとの原告の主張も認め難い。

そうすると、酒税法九条、一〇条一〇号の規定が、立法府の裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるということはできず、右規定が憲法二二条一項に違反するものということはできない。

三  本件申請の酒税法一〇条一〇号該当性

1  被告の主張及び抗弁2の(一)のうち、基本通達及び免許取扱要領が制定されていること、基本通達一〇条5は、「法第10条10号に規定する『経営の基礎が薄弱であると認められる場合』とは、事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製品又は設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合をいう。」と規定し、また、免許取扱要領第3の1の(1)のロの(イ)は、全酒類小売業に係る酒類販売業免許の申請についての申請者の人的要件について、「申請者は、経験その他から判断し、適正に酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有すると認められる者又はこれらの者が主体となって組織する法人である」としたうえで、その注書に「申請者(申請者が法人の場合はその役員)及び申請販売場の支配人がおおむね次に掲げる経歴を有する者であって、酒類に関する知識及び記帳能力等、酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有し、独立して営業ができるものと認められる場合は原則として本規定を満たすものとして取り扱う。1 免許を受けている酒類の製造業若しくは販売業の業務に直接従事した期間が引き続き三年以上である者、調味食品等の三年以上継続している者又はこれらの業務に従事した期間が相互に通算して三年以上である者、2 酒類業団体の役職員として相当期間継続して勤務した者又は酒類の製造業若しくは販売業の経営者として直接業務に従事した者等で酒類に関する事業及び酒類業界の実情に十分精通していると認められる者」と規定していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

ところで、右二の4のとおり、酒税法一〇条一〇号の規定は、不明確で行政庁の恣意的判断を許すようなものとは認め難いところであるけれども、法規としての性質上、同号の定める酒類販売業の免許拒否事由は、なお行政庁の裁量判断の余地を残すものであるところ、酒類販売業免許の申請の当否の判断を行う権限が所轄税務署長に委ねられている現行制度の下においては、多数の申請につき複数の行政庁がその当否の審査に当たるわけであるから、その間の裁量判断の食い違いをできるだけ少なくし、事務処理を統一的、合理的に行い、もって免許事務の公平、公正を図るとともに、その円滑迅速を期するために、上級行政庁によって内部的裁量基準を策定し、これに準拠して免許事務が行われる体制が取られることは、その内部的裁量基準が右拒否事由を定めた法の規定に照らして不合理であるとは認められない限り、相当性を有する措置であるというべきであり、かつ、その内容的裁量基準が公表されている場合には、免許の申請者にとっても、行政庁の裁量判断の結果を予測することが可能となるという意味において便宜にかなうものであるといえる。

そして、基準通達及び免許取扱要領が、酒税法一〇条一〇号を含む同条の各免許拒否事由に係る右のような内部的裁量基準であることは明らかであり、その内容は、少なくとも酒税法一〇条一〇号後段に関する右規定に関しては、右二の4のような同号の趣旨に鑑みて不合理であると認めることはできない。

原告は、酒税法一〇条一〇号後段の「その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」とは、経営の維持が不可能と認められる場合に限定されるものと解すべきであると主張するが、右のような同号の趣旨に鑑みれば、経営の維持が現実に不可能となっている状況にある場合のみならず、基本通達一〇条5に規定するような要因に基づいて、物的、人的、資金 的要素に相当な欠陥があり、事業の経営が確実とは認められない場合を「その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に含ましめて、酒類販売業免許の拒否の基準とすることに不合理性があるものとは認められない。

また、原告は、経歴要件を含む免許取扱要領に基づく取扱いは酒税法の要件を過重するものであるとも主張するが、一般に、事業経営の確実性を判定する場合において経営に当たる人的要素についての考慮を欠かすことができないこと自体が自明の理であるというべきであるのみならず、酒類販売代金の回収に万全を期し、ひいて酒税の保全を図ろうとした酒類販売業免許制度の制度趣旨に照らせば、酒類の小売業を経営する者には、単なる小売業の経営とは異なり、酒類の小売業の特性に応じた知識及び能力、すなわち酒類の特殊性に応じた商品管理上の知識及び経験あるいは酒税法上の記帳義務を含む各種義務を適正に履行する知識及び能力等、酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力が必要であると考えられ、したがって、経営の基礎内容をなす人的要素が満たされると判断されるためには、申請者に一般に考えられているところの事業経営能力が備わっているだけにとどまらず、申請者に右知識及び能力が備わっていることが必要であり、申請者が法人である場合においては、法人を組織し経営の主体となる者に右知識及び能力が備わっていることが必要であると考えられるのであるから、かかる意味においても、経歴要件を含む申請者の人的要件を定めて右免許取扱要領の規定が不合理といえないことは明らかである。

2  被告は、原告に係る人的要素に相当の欠陥がある旨主張するので、この点について判断する。

被告の主張及び抗弁2の(二)の柱書の事実は当時者間に争いがないから、以下、右1の免許取扱要領第3の1の(1)のロの(1)の人的要件に則り、原告の代表取締役である髙栁、取締役である森田、髙栁作一、髙栁武美、髙栁孝一及び髙栁廣行、監査役である都築美子について、概ね経歴要件に該当する経歴を有し、酒類に関する知識及び記帳能力等が十分であって、酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有すると認められる者であるかどうか、また、これらの者が原告を組織するについてその主体となっているかどうかについて、順次検討する。

(1)  代表取締役髙栁について

(1) 被告の主張及び抗弁2の(二)の(1)のうち、髙栁が、綿布販売などの個人事業を営んでいたこと、昭和六〇年九月四日、いわゆる法人成りによって綿布の販売等を事業目的とする原告を設立したこと、経歴要件に該当する経歴を全く有していないこと、個人で事業を経営した昭和五八年一一月に浜松税務署長による所得税の調査を受け、昭和五三年分ないし昭和五七年分の所得税合計三二一五万二四〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計五八九万一一〇〇円及び過少申告加算税合計六二万五四〇〇円の賦課決定を受けたこと、昭和六一年五月に浜松税務署長による所得税調査を受けて、昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税合計四九一万二三〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計七九万八〇〇〇円及び過少申告加算税合計一一万二〇〇〇円の賦課決定を受けたこと、原告が、平成元年二月から三月にかけて浜松税務署長による法人税の税務調査を受けて、設立時からの各期につき申請申告を行い、法人税合計三五一万一〇〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計一一八万三五〇〇万円の賦課決定を受けたこと、原告の所得の一部を髙栁が個人的に費消していたため、源泉所得税合計一一二万五二〇〇円の追徴処分を受けたこと、以上の事実は当時者間に争いがない。

そして、乙第三、第六号証、証人戸塚雅彦の証言及び弁論の全趣旨によれば、髙栁は、右の昭和五三年分ないし昭和五七年分の所得税については、売上除外、架空仕入、棚卸除外の不正計算を行って重加算税賦課決定を受けたものであり、また、その調査の際に、昭和五八年一一月九日付で「今回の調査を機会に正しい申告を努める」旨記載された申立書と題する書面を浜松税務署長宛に提出したこと、それにもかかわらず、右の昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税については、実在しない会社のゴム印を作成して領収書等を偽造し、架空仕入を計上する不正計算を行ったことにより重加算税賦課決定を受けたものであること、原告の設立時からの法人税については、第三期事業年度(昭和六二年九月一日から昭和六三年八月三一日まで)まで架空人件費を計上する不正計算を行ったことにより重加算税賦課決定をうけたものであることを認めることができる。

(2) 右事実関係によれば、髙栁は、経歴要件に該当する経歴を全く有しておらず、かつ、自己の所得税又は原告の法人税について常習的に不正計算を行ってきた経歴を有し、少なくとも納税義務に関しては遵法精神が著しく欠落しているものといわざるを得ないから、適正に酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有する者とは到底認められない。

なお、原告は、法律上、酒類販売業者に各種の義務が課され、その懈怠に対し刑事罰が規定されていることを理由として、抽象的な遵法精神を要求することは相当ではなく、髙栁が重加算税賦課決定を受けたことなどの事由は人的要素の欠陥とはなり得ない旨主張するが、酒類販売業免許制度が酒税の保全を目的とすることに鑑みれば、所得税及び法人税の申告につき、右のような常習的に不正計算を行っていた事実を、適正に酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有するか否かの判断要素として取り入れることが不相当ということはできない。

(二) 取締役森田について

(1) 被告の主張及び抗弁2の(二)の(2)のうち、森田が浜松市内において、森田ストアの屋号で青果を中心とする一般食料品の小売業を個人で二〇年来営んでおり、それに伴って調味食品等の販売を三年以上継続してきた経歴を有することは当事者間に争いがなく、右事実に、争いのない被告の主張及び抗弁2の(二)の柱書の事実及び甲第一号証の一一及び三二、乙第一〇ないし第一二号証、第一八号証、証人戸塚雅彦の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、森田は、昭和四二年以来、浜松市において、森田ストアの屋号で青果を中心とする小売業を営んでおり、併せて僅少の調味食品の販売を手掛けていたこと、その後、髙栁から、野菜、食品の仕入販売等の経験を生かし、原告の事実に参加してほしいとの要請を受けて、平成元年八月二〇日の原告の取締役に就任したが、就任以降、本件処分までの間に、森田自身は内容が解らない書類に押印したことがあるのみで、原告の取締役としてその経営に関与し、又はその事業に従事したことが一切ないのみならず、原告内部における役職の職掌の分担等を始めとして原告の事業活動にどのように関与するかについての具体的な決定などもなされておらず、原告から役員報酬を受け取ったこともないし、原告との間で将来的にその取決めがなされているということもないこと、以上の事実を認めることができる。

(2) 右事実関係に徴すると、森田は、原告の取締役に就任したというものの、その取締役としての職務を行ったことも、取締役としての待遇を受けているわけでないから、形式的には経歴要件に該当する経歴を有するため原告から依頼されて、本件申請の直前に原告の名目上の取締役に就任したに過ぎないものであることが推認され、したがって、森田が経歴要件に該当する経歴を有することから、適正に酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有する者であるとしても、原告を組織するについてその主体となっているものとは到底認め難い。

(三) 被告の主張及び抗弁2の(二)の(3)のうち、取締役髙栁作一、同髙栁武美、同髙栁孝一及び同髙栁廣行、監査役都築美子がいずれも経歴要件に該当する経歴を全く有していないことは当時者間に争いがなく、そうであるとすれば、同人らが酒類の小売行を経営するに十分な知識及び能力を有する者と認めることはできない。

3  以上によれば、原告の役員が免許取扱要領第3の1の(1)のロの(イ)の人的要件を満たしておらず、原告に係る人的要素には相当の欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合に当たるものであるから、酒税法一〇条一〇号後段の免許拒否事由である「その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に該当するものであることが認められる。

したがって、被告のした本件処分は適法である。

四  よって、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒川昂 裁判官 石原直樹 裁判官 森崎英二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例